日本の”同調圧力”から解放・・・ギリホリから海外移住した女が得た居場所

ワーホリ・留学

ギリホリ女がオーストラリアに移住して分かったのは、日本人は他人への関心が異常に強すぎるということ。

●まわりに合わせないといけないという強迫観念のような同調圧力

●自分がどうしたいかというより周りから認められることが大切

●まわりと違うことをしたり考えたりする人は異常者扱いで排除しようとする

 

こういった特徴から、他人の動向を伺っては自分がどう思われるのかを異常に気にして、他人のことを詮索してはその人をジャッジするような性質があるのだと思います。

 

日本の子供たちは大人から同調圧力を受けている

学校に入学するときに「友達100人でーきるかなー♪」と歌わされますよね。

言われるがままに当たり前のようにしてきたことですが、今思うと「友達100人もいらねーわ!」と心底思います。

もっと恐怖だったと思うのが運動会の練習。”赤組が勝利したときの万歳の練習”という子供の感情の表現までを強制させられるという意味不明な訓練。まるで軍隊かよっていう・・・。

その練習で誰かがスピーチしたあとの”一同、礼”の後に少しでも頭が動くと「動くな」とマイク付きメガフォンで罵声を浴びせられるという。

その時は子供だったから「あ、人と違じことしていないとみんなの前で恥ずかしい思いをするのか。」と感じた覚えがあります。

先生やお友達の言うことを聞かなかったり、失礼な言動をとることはいけないと思います。

しかし子供が自分の意見を目上の人に伝えることや違う意見を持つこと=問題児、輪を乱すをいう考えの大人たちによって子供の個性がぶち壊され、同調圧力の世界へと誘導されていくのだと思います。

この点はオーストラリアと日本の非常に大きな違いだと感じます。

先生だろうと親だろうと大人は子供を尊重します。ダメなことはしっかり叱りますし、子供の考えていることをきちんと聞きます。

オーストラリアでよく目にする光景は、公園や幼稚園でお母さんや先生が2歳児くらいの子供に選択肢を与えているということ。

●「どのタイプのパンが食べたい?」

●「温めてほしい?それともそのままでいい?」

こんな小さな選択でも大人は子供を1人の人間として尊重し、選択肢を与えます。

それらを聞かれて黙っている、首をかしげるだけの子供もいません。分からなかったら「I don’t know.」と子供は言いますね。

ですので大人は次の選択肢への誘導ができるわけです。じゃあ「このパンにチーズとアボガドのせるけれどどうかな?」的な。

自分の感性や考えよりも周りに合わせるという”同調圧力”という洗脳?が強い日本に私は住んでいたので、思春期くらいにそれに「変だな」と気付きそこから脱出するのに時間がかかりました。最終的には海外に逃げたのですが・・・。

30歳を過ぎて結婚していないと異常者扱い、結婚して子供を産んでマイホームを購入、、、ということをしていない自分はなんだか知らんが”可哀そうな女”呼ばわりをされて親からは「結婚しろ」という結婚圧力。

社会的に誰に迷惑かけることなく、経済的にも自立していて健康で楽しく人生を送っているだけなのに何故にこんなに居心地が悪いのか、それは同調圧力のせいだったのです。

人には向き・不向きがある

誰にでも向き・不向きがあります。

①皆で力を合わせて仕事を成し遂げることに向いている人

②算数や数字は全くだめだけれど芸術的才能に満ち溢れている人。

③人とあまり関わることなく自宅で一人で仕事をすることに向いている人

しかし日本では①のタイプの人間が周りに認められ、その次に②のタイプ、③のタイプになると「なんかやばい人・・・」てな感じで異常者扱いされることでしょう。

私は②とか③のタイプの人間なので日本での小学校~高校や会社勤めしている間、あまり居心地がいいものではありませんでした。

②とか③の人って恐らく①のタイプの人間より「空気を読めない」、「わが道を行く」タイプが多いと思うんです。

正確に言うと「空気を読めない」というよりは「空気を読まない」、「空気を読む必要性はないと思っている」と言えばいいのかな。

みんながやっているから週5日・8時間労働ですけれど肉体的にも精神的にもツライと思ったらそれに不向きってことでいいと思うんです。こんなこと言ったら恐らく「甘い」と言われるのかもしれませんがその「辛さ」だって人によって違うのですから。逆に週5・8時間労働に向いている人だっているわけです。

そんなこんなで私は日本の同調圧力から海外に逃げ込んだだけではなく、週5日・8時間労働からも逃げ、効率よく仕事をしております。

謙虚・我慢が美徳?

我慢、謙虚、遠慮、無欲、謙遜・・・これって日本人の美徳なの?

本当にそう思います?

欲がなくてどうやってやる気を出せっていうんだ?

欲しいものを手に入れようとせず我慢とか遠慮することが美しいのか?

謙虚が美徳となる理由って?

人様の個性までコントロールする同調圧力文化ってどうなの?

そんなこと好きにさせてよって感じですよ。

特に海外では謙虚な姿勢を取る人はあまり多くいません。皆さん褒められるとすぐに笑顔で「ありがとう。」と言いますし、さらにはそのついでに自己アピールさえしてくる人もよくいらっしゃいます。

外国の人々は褒められても素直に喜ばない日本人を不思議に思うみたいです。良い評価に納得していないということは、何か落ち度があるのではないかと思われることもあります。このようにせっかくのプラスの評価がマイナスになってしまうことだってあるんです。

まとめ

海外に移住して日本の暗黙の了解という”同調圧力”から解放されたことを実感しています。

なんというか生きるハードルがグッと低くなりました。少し力を抜いて楽しく働き、余力でプライベートを充実させる。でも日本は、その余力が”悪”とされがちなんでしょうね。

オーストラリアにいて感じるのが人間人”それぞれ”、そしてその”それぞれ”を互いに尊重するという文化なので住んでいてとても気持ちが良いです。

自分の居場所は日本だけとは限りません。「行動力」と「自分の思考を信じる」ことが自分の人生を豊かにするカギといえるかもしれません。

 

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